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   ――キリスト教の三大祝祭のひとつ、ペンテコステ(五旬節)をご紹介します。

ペンテコステという用語はあまり知られない……



 ペンテコステという用語はあまり知られないと思われます。クリスマスは周知、イースターも最近市民権を得て着たのに比べて、ペンテコステはまだ、知る人ぞ知るという領域にあると言えるでしょう。これら3つは、実はキリスト教会にとって三大祝祭と言われ、どれも等しく大切に扱われてきた教会暦の中のお祭りです。
 ペンテコステは、「聖霊降臨記念日」のようにも言われます。ますます分かりにくくなるかもしれません。
 ただし、もともとはユダヤ民族の祭でした。

 ややこしいのですが、旧約聖書は元来ヘブル語という、ユダヤ民族の言葉で書かれたもので、それが時代の影響で、むしろギリシア語のほうが便利になってきたために、ギリシア語に翻訳されたものが出まわるようになってきました。ユダヤ人であっても、広大なローマ帝国に広がって住まうようになったとき、ギリシア語の方がニーズが高まったのです。そうした時代にイエス・キリストが現れて、その弟子と言える人々が記録を遺していくことになったのですが、それもやはり当時一番ポピュラーだったギリシア語により書かれました。新約聖書はすべてギリシア語です。
 この祭も、ギリシア語のほうで通用する名前になっていったとき、ペンテコステという呼ばれ方をしたという経緯があるのです。pente^koste^という構成で、「第50の」を意味する言葉です。日本語の聖書ではこれを「五旬節」と呼び習わしています。「旬」は十日間を表しますから、まさに「五十日目の」という漢語となっています。
 ギリシア語で、ペンテコステ。前半の「ペンタ」というのが「5」を表すことは、五角形の姿から「ペンタゴン」と呼ばれるアメリカ国防総省の建物から知られており、化学にお詳しい方なら、「ペンタクロロフェノール」などこの語が付く塩素化合物の名前をご存じかもしれません。塩素が5つ取り巻いて化合しているそうです。

 さて、それでは何が第50なのでしょう。それは、過越祭(ペサハ、またパスカなどという)から50日目だという意味です。しかし、これは元来ユダヤ文化の中でのお祭りなのであって、古代イスラエルにおけるユダヤ教で「シャブオット」と呼ばれていた祭のギリシア語訳になっています。この「シャブオット」は、「七週の祭り」と呼ばれていました。出エジプトから七週経ったときに、シナイ山でモーセが律法を受けたという故事に由来します。出エジプトを記念したのが過越ですから、そこから七週、これが数え方により50日目だというわけです。従って、過越あるいはイースターが、太陽暦からすれば日付が一定でなく、移動祝祭日となっている以上のこのペンテコステの日も毎年違う日になります。

 こうして、ユダヤ教の中でも、ヘブル語の「シャブオット」からギリシア語の「ペンテコステ」として受け継がれてきたこの祭が、いまキリスト教において、また新たな意味をもって迎えられたところが、歴史の重なりというものを感じるものです。つまり、過越のときにキリストが十字架刑を受け、よみがえってから、この50日目に、助け主とも言われる聖霊が降りてきた、というのです。
 キリストの復活を知り喜んだ弟子たちでした。それまでの隠れ逃げまどう状態から、仲まで集まって祈る集団となってはいましたが、まだ力はさしてありませんでした。それが、この50日目に神の霊を受けてからというもの、大胆にキリストを証言して外へ出て行くものと変えられていきました。捕まえられても危険な目に遭っても、キリストは復活したと言い広め、苦境に陥っても助け出されるようになり、人々から次第に尊敬の眼差しを受けるようになっていきます。
 弟子たちはこの日を境に変えられたのであり、この世を力強く歩むキリストを信じる者たちの集まり、すなわち「教会」の歴史がここから始まったと解釈されています。そこで、このペンテコステは、教会の誕生日である、とも称されることがあります。  この日に何があったか、それはぜひ、「使徒の働き」の2章をご覧ください。  そもそもユダヤ教の祭であったこ、また律法が与えられたという、深い意味があること、そしてそれが聖霊が降りるという事件により教会が活動を始める時となったこと、このようにイスラエル文化の様々な要因が積み重なって、キリスト教会の歴史がスタートした記念の日です。これが小さな出来事であるわけがありません。

 いまも私たちの上に、同じ神の霊が臨みます。それはいかにも神秘的なことでもありますが、クリスチャンが新たな人生を歩み始めるようになり、生まれかわった歩みをしている姿が頻繁に見られるところから、確かにこの出来事は今もなお続いていると知ることができます。苦難から希望が与えられ、悲しみが喜びに変わる、このことを、クリスチャンは誰もが経験しています。絶望的な状況にある方々にも、それで終わることがない、きっと光が射す、と聖書は力を与えてくれることを、確信しています。


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