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香柏

     望みの神

森山健也牧師
              

2015年10月25日
ローマ15・7〜13/宗教改革記念日週主日/ローマ書連講(41)

14章から教会における強い者と弱い者との恵みと信仰による一致を、日や飲食という日常生活に関して記してきたパウロは、ローマ書の本論(罪、律法、義、恵み、イスラエル、信仰生活等の諸問題)を本箇所(15・7〜13)でもって終ります。

前段(15・1〜6)においてキリスト者は同じ思いを抱き、心を合わせ声をそろえて、主イエス・キリストの父である神をほめ称えること=i5〜6)を勧めたパウロはですから、キリストが神の栄光のためにあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい=i7)と命じます。それはキリストが、ご自身の十字架によってユダヤ人と異邦人、強い者と弱い者、諸々の相違の壁を打ちこわし、神との平和、そしてキリスト者・教会の一致をもたらされたからです(照エペソ2・11〜22)。キリストは仕えられるためではなく、仕えるために来られました=i照マルコ10・45、ルカ22・27)。ですからパウロは言います。キリストはユダヤ人に対して、神がその先祖アブラハムと交わされた約束を成就し、神の真実を現すために、割礼ある者たちに仕える者となられました(8 照 創世記12・1〜3、同17・1〜14、ガラテヤ4・4〜5)。また、このアブラハムに対する契約による憐れみのゆえに、御子キリストは異邦人が神をたゝえるようになるために人となられ、十字架の死までも仕えられたのです(9/詩篇18・49、Uサムエル22・50)。また「異邦人よ、主の民と共に喜べ」(10 申命記32・43)、さらにまた「すべての異邦人よ、主をほめよ。諸々の国民よ、主をたゝえよ」(11 詩篇117・1)と全世界が神を頌めたゝえることが、旧約聖書の預言のとおり、エッサイの切り株から立ち上がるひこばえである(12、イザヤ11・10)御子キリストが律法の下に人となり、全人類の救いのために仕える者となられたことによって実現したのです。それゆえ「異邦人はこの方に望みをかける」のです。罪の下に閉じ込められ、滅びるしかない全人類を救うために、神は御子キリストを世に遣わし、十字架に付けることによって、神との平和をもたらし、神を喜ぶキリスト者としてくださり、ご自身の体である教会に受け入れてくださいました(照ローマ5・1〜10、エペソ2・13)。「この望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みに満ち溢れさせてくださいますように」(13)と、パウロは祝祷を持ってローマ人への手紙の本論を締め括ります。

この世界にあって、罪深い私たちが寂寥と憂愁そして絶望の淵に落ち込まずに、希望をもって生きられるのは、この「望みの神」が在すからです。エッサイの切り株から生え出た若枝であるイエス・キリストが私たち望みのなかった罪人の所に人となってきてくださったからです。この「望みの神」が聖なる光の世界から、罪の闇のこの世に来てくださったからです。そして望みなき暗き深淵に落ちていく私たちを、力と愛に満ちかぎりなく、やさしく、その両手をもって支えてくださる者=iリルケ「秋」)がいるからです。この「望みの神」キリストが来られるのを待ち望みつつ、一か月後アドヴェントを迎え、二か月後クリスマスを祝いましょう。


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