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香柏

     キリストが執り成してくださる

森山健也牧師

2016年5月1日
ローマ8・33〜34/聖餐礼拝

「神に選ばれた人々を訴えるのは誰ですか。神がその人を義とされたのです。罪に定めようとするのは誰ですか。死なれた方、否、復活させられた方、キリスト・イエス。その方こそが、神の右に座し、私たちのために執り成してくださるのです」(33〜34)。

「とりなす」という言葉は新約聖書に出てくる5回の中の3回(8・26、34、ヘブル7・25)は、「(誰々)のために」と結び付いている。ここでは彼(キリスト・イエス)は、天での裁判に当り、永遠の大祭司として、神に義とされた者の側に立ち、私たち信仰者のために執り成してくださる=i照ヘブル7・25)方です(考 使徒信条)。

私たちは生きている今も、死に臨んでも、さらに天の法廷においても、内外より多くの声により、非難され、告発され、脅かされるのです。私たちを罪に定めようと、神の法廷で激しく、厳しく私たちを告発する存在がいるのです。その時、私たちは自ら抗弁する力を持ちません。その時、私たちは審判者なる神の判決に服するしかありません。しかし、その時、その場で、私たちの罪の赦しのために死に、私たちを義とするために復活させられたキリスト・イエス(4・25)が、神の右の座にあって、私たちのために執り成してくださるのです。私たちを告発し、罪に定めることのできる唯一の方は、亦、私たちの罪を赦す権威を持つ唯一の方でもあります(照マルコ2・10、ヨハネ8・11)。

誰が神に選ばれた人々を訴えるのでしょうか。罪に定めようとするのは誰ですか=A自分の罪に怯え、非難・告発の声に戦くその時、神がその人を義とされる(直訳)/神ここに在し、義とし給う(ルター)≠ニのお言葉に信頼し、神キリストの愛の内に安心して生きることが、私たちを取り巻くさまざまな攻撃・非難の声・力の中にあって「圧倒的な勝利者となる」ことです(照8・37、5・1〜11)。

私たちは一方的に「神に選ばれた者たち」です。天地の創造主、私たちの罪のために死に、私たちを義とするために復活させられた主キリストは、神の右の座に着き、私たちのために執り成してくださるのです。そして、天の法廷でも、私たちを告発し、罪に定めようとする者たちの前で永遠の大祭司としてイエス・キリストは常に生きて、執り成しをしておられるので、ご自分を通して神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります=iヘブル7・25)。天の神の御座の前では、もはや私たちの罪を論い、指弾、告発する声は聞こえません。「人を義としてくださる」神キリストがあなたの罪は赦されています≠ニ無罪放免≠ニ義を宣告してくださるのです(照イザヤ50・8〜9/ゼカリヤ3・1〜5)。

主イエスは渡される夜、パンを取り、弟子たちに与え「取って食べなさい。これはわたしの体です」と言われた。また杯を取り、弟子たちに与え、「みな、この杯から飲みなさい。これはわたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです」と言われた。


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