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香柏

     イエスさま、私を思い出してください

森山健也牧師

こんな人になりたい2
2016年6月26日
ルカの福音書23・39〜43

 ローマの支配下にあったユダヤでは、十字架による死刑は帝国に対する反逆罪か極悪な犯罪に適用されました。そこでユダヤ人はイエスを「国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っている」(23・2)と訴えたのです。告訴が退けられると、ピラトを脅して(ヨハネ19・12)、十字架につけるよう要求し、ついにその声が勝ったのでした(23)。ふたりの犯罪人はバラバと同じ「暴動と人殺しのかど」(照19、25/マタイ、マルコは「強盗」)で十字架刑に処せられたのでしょう。

 「どくろ」と呼ばれている所に来ると、人々はイエスを真中に、ふたりの犯罪人を左右に十字架につけた」(33)。こうして罪なき神の御子は、私たちの罪を一身に負って、十字架につけられたのです(照マルコ15・27脚注)。十字架上でイエスは「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです」と祈られた。「彼ら」とはイエスを十字架につけたローマ兵であり、ユダヤの指導者や民衆であり、私たち神に敵対する不敬虔なすべての人間のことです。しかし、人々は「もし神の子なら(照ルカ4・3)、自分を救え」と嘲笑うだけであった。十字架につけられた犯罪人のひとりも同じであった。

 ところが、もうひとりの犯罪人は彼をたしなめ「お前は神をも恐れないのか。お前も同じ刑罰を受けているのに。我々は自分のやったことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は悪いことは何もしなかったのだ」と言った。この犯罪人は死に臨んで神を恐れ、自分の人生をふり返り、自分の罪を認め、死刑になるのは当然だと言う。同時に、彼はイエスの十字架上の祈りを聞き、そのあり様を見て、何も悪いことをしていないこの方は、神のキリストであると認め、そのお言葉にすがり願った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときは、私を思い出してください」。

 その彼に、イエスは明確に「あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます」とお告げになった。自他ともに認める極悪非道なこの犯罪人、これまでも、今も、これからも何のよいこともしなかったであろうこの犯罪人は、人生の幕が閉じようとする土壇場で、十字架上の主を仰ぎ、ただ信じて、救われたのです。「この最後の人」(照マタイ20・1〜16)・犯罪人をも、主は他の人と同じように、ただ恵みにより、信仰によって救いを与え、パラダイス・天国(照2コリント12・4、黙示2・7)に迎え入れ、キリストと共に住む者としてくださったのです。

 「失われた者を捜して救うために来た」(ルカ19・10)キリストの御許に帰るのに遅すぎることはありません。キリストにあって、やり直せない人生はありません。人には不可能でも神にはできないことはありません(照ルカ18・27)。「確かに、今は恵みの時、今は救いの日です」(2コリント6・2)との神のお言葉に励まされて、自分の罪を認め、ただイエス・キリストを信じ、「私を思い出してください」と祈り、「あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます」とのお声を聞く者とされましょう。


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