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香柏

     御霊は同じ御霊

高田伝道師

2016年7月3日
コリント人への手紙第一12・1〜13

 コリントの教会には多くの問題があった。パウロはこの手紙の最初に近いところで、このように言っている。私たちはこの世の霊ではなく、神の御霊を受けたということにおいて、変わらない。そして御霊を受けた者同士は、御霊を受けた者としてお互いをわきまえて接することができる(2:12・14)。御霊を受けた者ど同士であることに期待している。では「御霊を受けた」ということはどういうことだろうか?パウロは自分のことばと私の宣教とは、御霊と御力の現れである」としている(2:4)。

 「さて、兄弟たち」とパウロは何度も用いている。まず兄弟たちにこうして欲しいのだ、ということを述べ(1:10)。あなたがたは幼いのだ、と言っている(3:1)。神さまに守られ、指導者に導かれて歩み、神さまから与えられた同じ食べ物・飲み物で養われていたではないか、と言っている (10:3・4)。これらのことから、パウロはこのように語りかけているのではないか。「兄弟たち、あなたがたはこの世的な人間だから、霊的には未熟である。御霊の働きを受けてイエス・キリストを信じる者とされたのは、同じ御霊なのだ。」「御霊の賜物」とある。「ものを言わない偶像」、一方で父なる神様は、人間に語りかけてくださる。そして人は聖なる霊によって、「イエスは主です。」と応答することができる。それは聖霊が働きかけてくださり、人となって来られたイエス・キリストを主であると告白することである。御霊の賜物を受けていることは、「イエスは主です」という信仰告白をなさせられることで見分けることができる。

 この前提に立ち、パウロは賜物について述べる。4節5節6節を見てみますと、「賜物」「奉仕」「働き」について「御霊は同じ御霊」「主は同じ主」「神はすべての人の中ですべての働きをなさる神」とある。一人の神であられる方が、「賜物」「奉仕」「働き」に関わっておられる(エペソ4:4-7)。御霊からの恵みが具体的に挙げられている(8節)。「信仰」は、私たちそれにぞれに与えられている賜物である。「イエスは主です」と告白することは、私たちにできるということではなく、与えられている。御霊から多くの賜物が、それぞれに与えられ、それは御霊から出ていることによって一つとなる。「一つのからだ、多くの部分のこと」が述べられる。「からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つのからだであるように」とあります。「キリストもそれと同様です」とある。ここで私たちはこのようなことを思い浮かべる(使徒9:4・5)。そしてパウロはこのように言う(コロサイ1:24)。「キリストもそれと同様です」これは教会を指しており、イエス様ご自身のものとされた、私たち一人一人を指している。更にからだの部分について述べる。露骨な差別や格差があったところにも、一つのからだとなるように招きがあり、バプテスマが与えられ、一つの御霊に預かるようにとの導きがある。そのすべてにおいて働かれる御霊は一つであり、「御霊は同じ御霊」である。

 御霊が働きかけてくださって、イエス・キリストがどういったお方なのかということを理解し、告白へと導かれた。これはそれぞれに御霊が与えられていることを認めることにつながる。同じ御霊が働きかけてくださったお互いを覚え、その体たる教会を覚えて、ともに歩みを進めたい。


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