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香柏

     教会の徳

高田伝道師

2016年8月21日
コリント人への手紙第一 14章1節〜5節

 13章で愛について述べられ、それを受けて14章は「追い求めなさい」「熱心に求めなさい」と、命令がなされる。「追い求める」で使われている言葉は、他の箇所で「迫害」という意味で用いられている(ピリピ3:6)。「愛を追い求めなさい」という言葉は、執拗に愛について考え、行動することを命じている。

 「熱心に求める」ということは、「熱心に慕う」とも訳される。愛や御霊の賜物である預言を求めることでは、命じられるまま進んで求めていくように言われている。2節から、預言することを求めよと説明している。まず異言との比較がなされる。異言は御霊の賜物であることは、以前に確認した(13章)。異言は語られることだけでなく、解き明かす人が必要な賜物である(12:10)。14章2節において、異言は人に話すのではなく、神に話すことが目的であるということがわかる。「自分の霊で奥義を話す」とある。この「奥義」と訳されている言葉は、神秘・秘密といった意味がある。「奥義」とされているのは神様に属することであって、その「奥義」は神の霊でなければ解き明かすことはできない(2:1・7)。「異言」は、神様と語る人との間でのことで、他の人には理解不能である。ペンテコステの時に弟子たちが聖霊に満たされて語りだした時、その言葉を聞いた人々は、それぞれの国語で話されている言葉を聞き、神様を褒め称えた(使徒2:3・4)。異言は解き明かす賜物を持っている人がいなければ、教会では黙っていることが求められる(14:27・28)。

 そこで異言でなく預言をすることが求められている。預言する者は、人に対して話すことにある。それは人の徳を高め、勧めをなしたり励ましたりする手段として、預言が用いられている。預言は、人に働きかける手段であると言えよう。しかしまずは、愛が必要である(13章、14:1)。この愛をもって、異言することよりも預言することを求めるようにと、言っている。愛が預言という姿となって、人に働きかけてくると、それはまず徳を高める。この「徳を高める」という言葉は、家を建て上げるというような意味の言葉である。私たちは建物として建て上げられていく(3:9)。4節で、「預言する者は教会の徳を高める」とある。教会において徳を高めるということはどういうことであろうか。例えば「お互いの霊的成長に役立つこと」とある(ローマ14:19)。また「私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益になるようにすべきです。」ともある(ローマ15:2)。預言する者は、お互いの霊的成長に役立つように勧め、隣人を喜ばせるように益となることをし、教会を建て上げるようになっていく。一番すぐれている愛を執拗に、追い回すかのように求め、それと同時に預言することを、熱心に求めることが必要である(14:1)。教会の徳を高めるのは、教会を建て上げるのは、信仰者である私たち一人一人である。

 「自分の徳」と「教会の徳」とある。どちらも徳を建て上げるということにおいては変わりがない。しかし私たちが理解できる言葉によって、お互いの霊的成長を促しあい、隣人を喜ばせて益となることをし、教会を建て上げることの方が勝っている。預言はそのように教会を建て上げる。私たちはそれぞれ、イエスさまの愛に基づいてその愛を追い求め、預言することをもって、教会を建て上げることを熱心に求め続ける生涯でありたい。


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