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香柏

     いつまでも、主の家に

森山健也牧師

2016年9月25日/召天者記念礼拝
詩篇 23篇1節〜6節

 私たちは、前に逝かれた方々は何処に、どんな状態でおられるのだろうと思ったりします。そのことを愛する故人を想いつつ、聖書に聞きたいと願います。

 前千年頃、ベツレヘムに生まれ、イスラエル第二代の王となったダビデは、少年時代、雨季に短く細い草が疎らに生えるのみで、乾季には一木一草、一片の緑も見えない死の世界のようなユダの荒野で、父の羊を飼いました。そうした日々を想いつつ、晩年、その人生を振り返り、ダビデが謳ったのが、この詩篇だと思われます。

 詩歌の才に秀いでていたダビデは、病いに苦しむ初代の王サウルを慰め、支えました。しかし、王はその嫉妬心から、ダビデを憎み、殺害しようとするようになりました。ダビデは国外に逃亡し、ある時など狂人を装って難を逃れました。

 ようやくにして国内、周辺諸国を平定したとき、ダビデは大罪を犯し、苦悩のうちに正気をなくした日々を過ごします。また息子アブシャロムの王位簒奪の謀叛に遭い、急ぎ王宮を脱し、素足でオリーブ山を登り、ユダの荒野へ逃れました。そして親子で国を二分して相争うことになりました。その反逆の子アブシャロムが戦死すると、父ダビデは他人の目を憚らず号泣しました(T、Uサムエル)。

 あらゆる才能に恵まれ、富と権力を掌中にし、何不自由なく華やかに生きたかに見えるダビデ王の人生もまた、悲哀と苦悩に満ちていたのです。換言しますと、私たちと同じように、ダビデもユダの荒野に象徴される過酷で、不安と恐れ、悩みと苦しみに満ちた世界に生きたのです。

 そうした人生をふり返って、ダビデはどうして「私は乏しいことがありません。…たとい死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません」と歌うことができたのでしょうか。それは「私の羊飼い」である主が「私と共におられ」「私はいつまでも、主の家に住まう」ことを確信していたからでしょう。

 私たちのためにいのちをお捨てくださった良き羊飼いである主イエス・キリスト(ヨハネ10章)は、十字架・復活・昇天に先立って、“主よ、何処へ?”と尋るペテロ・弟子たちに、“心配せず、神とわたしを信じていなさい。わたしは、あなた方をわたしのもとに迎え、共におらせるために、場所を備えに行くのだ”と仰言いました(ヨハネ14章)。

 皆さまが愛慕する逝きし方々が、救い主と共に、神のみもと・天国にあられることを想い、願いつつ召天者記念礼拝の説教といたします。


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