ホーム 教会紹介 ニュース メッセージ ひろば
香柏

     行って同じようにしなさい

高田伝道師

2016年10月9日/伝道礼拝
ルカの福音書 10章25節〜37節

 本日の箇所は、「よきサマリヤ人のたとえ」とも呼ばれる。私たちはイエス様から、「あなたも行って同じようにしなさい」と言われたなら、何をどのようにするだろうか?ルカの福音書はテオピオという人物に宛てて書かれている。ルカはユダヤ人でない異邦人であった。職業は医者だった(コロサイ4:14)。パウロはルカを信頼していた(Uテモテ4:11)。ルカがこの福音書を書いたのは、テオピオというひとりの人物に対して、神様が遣わされたイエス・キリストというお方について、述べる。イエス様は神の御子としてこの世にお生まれになった。イエス様の降誕についてもルカの福音書は教える。本日の聖書箇所に至るまでに、イエス様はお弟子を集められた。くせがあって、様々な経歴の人を集められた。様々な病いをいやされ、奇跡を行われた。

 「ある律法の専門家」。専門家でその道のプロである。律法については教えるほど知っている。ここで「律法」とあるが今でいうところの旧約聖書を指している。旧約聖書は神さまが天と地を創造され、人を創造なさったところから始まり、その人が神さまに背いて罪ある者となったことを教える。神さまの民としてどのように歩めばよいのかを、「律法」は指し示す。律法の専門家は、神さまのことば・戒めを取り次ぐ者としてユダヤの人々の尊敬を集めていた。その律法の専門家が、イエスさまに質問を投げかける。彼がイエスさまに回答を求めた質問は、何であったか。それは「何をしたら永遠のいのちを自分のものとして受けることができるのか」ということであった。それを自分のものとして受け取ることが必要なことである。律法の専門家が質問をしたのは、専門家として律法を学んだ結果、これが律法の核心であると思ったからである。何をしたら得られるのか。「あなたの神である主を愛す」ことと「あなたの隣人をあなた自身のように愛す」ということ。イエス様はそのとおりであると言われ、それを実行するようにと言われる。彼はなおも、自分で引いてきた律法の「あなたの隣人」と質問を重ねる。そしてイエス様は話を始める。狭く険しい街道で、ある人が強盗に襲われた。見捨てられた人が道端に捨て置かれた。祭司・レビ人と通りがかるが、彼を見ると反対側を通り過ぎて行った。祭司とレビ人は、律法の専門家と同じユダヤ人で、それぞれ神に仕えることに使命と自覚をもって、プライドをもって歩んでいたはずである。素性の知れぬ瀕死の重傷者をみても、近寄ろうともしなかった。ところがそこに「あるサマリヤ人」が登場する。サマリヤ人は、ユダヤ人から蔑まれていた。このサマリヤ人がある人を道端で見かけた時、彼を見てかわいそうに思った。彼は自分の旅を中断し、その人がどのような民族なのかを問わずに、近寄って介抱した。自分の家畜に乗せ、病人のために自らは降りて歩いた。次の日にはデナリ2つを宿屋の主人に渡して介抱を依頼している。かなりの金額を、強盗に襲われたある人にために出した。

 本当に永遠のいのちを得たいと思うなら、「あなたも行って同じようにしなさい」という言葉にどのように答えられるだろうか。あるサマリヤ人は自分のためにしたのではなく、隣人のためにした。神様を愛することは、隣人を自分自身のように愛することと異ならない。神様がその人の心の内から行いとして出てきたことを、覚えてくださる(12:33・34)。「あなたも行って同じようにしなさい」ということが言える人は、イエス様しかおられない。律法学者はどのように返答したのだろうか。律法学者は天地創造の神様に、「永遠のいのち」を自分のものとして頂くことを質問した。いのちを得るということは、肉体の死で終わるのではない(20:38)。私たちも永遠のいのちを得ることができるように、生けるまことの神様に喜ばれる歩みを進めていきたい。


ページトップへもどる ▲
© 香椎バプテスト教会 福岡市東区香椎駅東1-12-37 (〒813-0012) mail: kbc-kouhaku@hotmail.co.jp
ホーム 教会紹介 ニュース メッセージ ひろば